

いまや携帯電話で遊べるゲームも、テレビゲーム同様、見逃せないジャンルになってきています。石川雅生さんは現在、そんな業界でプロデューサーという立場でゲーム開発に日夜励まれている方。もともとはアーケードゲームやテレビゲームの開発現場で活躍されていたという石川さんが携帯電話ゲームの開発の世界へ足を踏み入れた理由とは? ゲーム業界のさまざまな現場を知る石川さんのお話は為になること、絶対間違いなし!!
――高校卒業してからはどういった進路で?
石川雅生(以下石川、敬称略):今よりも更に技術を身に付けたいと思う反面、少しでも早く業界に入りたいという気持ちもあり、大学より2年早く業界に入れるよう、その当時はまだ数少なかったコンピューターの専門学校に進みました。ソフトウェアが学びたくて、それもビジネス系のではなく、アセンブラ(※1)とか、C言語(※2)に近いところの。より実践的なプログラムを学びたくて、入ったんです。ところが、その専門学校というところ自体がコンピューターに不慣れで…。今はすごくいい専門学校がありますよね。でも、その当時は講師自身があまり分かってなかったんじゃないかな(笑)。一応、カリキュラムが組んであるんですけど、こんなことを1年、半年かけてやるのかって思った。高校時代に愛好会を立ち上げた副部長と同じクラスだったんですけど、彼と「こんな作業は一瞬でできちゃうよね」って(笑)。でも、やらないことにはダメだとのことで、1年間のカリキュラムを2週間で終わらせ、レポートを出しました。こんなことをやっていても実践では役に立たないから、来年からはこんなことをやってくれって。で、専門学校に通ってはみたけど、思ったほど勉強にならない、ならばせっかく都内まで通学してるわけだし、ゲーム会社でアルバイトをしてみようと思いました。そして、何軒か回って、アスキー(※3)さんに採ってもらったんです。
――それはいつ頃ですか?
石川:1年生の夏ごろかな。そこから1年半はアスキーさんにベッタリでしたね(笑)。
――アルバイトではどんなことを?
石川:最初は下積みなんで、ファミコンのロム挿し(※4)とか(笑)。今ではなかなかない光景ですけどね。あとはデバッグ。アスキーさんは、すごくおおらかな会社で、研究開発を利益上がる上がらないに関係なくやれたんですよ。最新のゲームをプレイして、それに対してのレポートを出してみたり、それからプログラムを実際に組んでみたり。あとは、実力があるプログラマーさんが多かったので、勉強させてもらいましたね。
――この辺りでより将来の方向性が固まった感じで?
石川:そうですね。最初からブレてはなかったんですが、より固まったかな。今までどんな業界なんだろうって思ってたところが、いいところも悪いところも見えてきたという感じです。
――高校時代はまだ既存のゲームのパクリが多かったとのお話でしたが、オリジナルの作品の制作というのは?
石川:高校の時も模索はしてましたね。ただボクの発想力がイマイチなところがあり、なかなかオリジナルというところには結びつきませんでした。マンガを描いてるボクの親友と高校時代から専門学校時代にかけて、オリジナルの簡単なゲームを1作だけ作ったことがありますね。それがのちのちラーメン博物館(※5)で、アーケードゲームとして出ることになったんですよ。
――それはなんかスゴイ話になってますね。
石川:雑誌に載るということで、アスキー時代に88(※6)とMSX(※7)用に作って、渡したら、残念ながら掲載前にその雑誌が廃刊になっちゃったみたいです。で、そこで一度日の目に当たらなくなるんですが、「ラーメンの早食いゲームを作っている人間がいる」という話が、ラーメン博物館を企画している会社へ人づてで伝り、本格的に作ることになりました。
――ちなみに何ていう名前のゲームなんですか?
石川:『激闘!ラーメンコロシアム(※8)』です。MSXturboRで動かしてました。おもいしろい仕事でしたよ、町工場の人と筐体から一緒に作ったり、コインシューターをプリンターで制御させたり。今は撤去されちゃいましたが、4年ぐらい置いてあったのかな。
――じゃ、もう遊べないわけですか……。
石川:実はそのゲーム、コンセプトは再利用されてるんですよ。『グランディアデジタルミュージアム』(※9)というソフトの中に、「早食い王」ってミニゲームがあるんですけど、そのゲームとコンセプトと同じです。実際ミニゲームのアイデアを出してほしいと言われた時に、メインの仕事が忙しくてじっくりミニゲームの企画を練る時間が取れず、『激闘!ラーメンコロシアム』使ったらいいかもって(笑)。一粒で3度おいしいゲームでしたね。
――どんなところで自分が作ったものが役立つかわかりませんね! さてさて専門学校&アスキー後は、就職になりますか?
石川:データイースト(※10)さんに。
――データイーストさんを選ばれた理由というのは?
石川:理由はアーケードゲームを作りたかった、ですかね。
――流れ的にはコンシューマへ進むのかと思ったんですが。
石川:ずっとアーケードゲーム制作を続けたいって気持ちがありました。ただ確かにロールプレイングも作りたいって気持ちもあったんですよ。でも、アーケードゲーム制作現場ってなかなかタッチできないよねってことで、まずはデータイーストさんへ入ったんです。
――ほかには受けられたんですか?
石川:最初はコナミさんも考えてたんですよ。MSXのゲーム…中でも『メタルギア』(※11)とかが好きで、小島監督の影響も当時から受けてましたし。アーケードでは『グラディウス』(※12)も、『A-JAX』(※13)も好きでしたし。でも、神戸という立地条件がちょっと…。何よりボクの実力的にもまだまだだろうと。それで3社ぐらい受けましたね。
――最初に開発に携わられたゲームというのは?
石川:海外だけでしか発売されなかったゲーム(※14)があるんですけど、日本で発売したゲームとしては『ロボコップ2』(※15)ですね。敵全般のプログラムを作ってました。これが世に出た第1作と言っていいかな。
――初めてアーケードのゲームに携わられてみて、どうでしたか?
石川:100円の重みを感じましたね。100円ですぐ終わってしまってもダメだし、遊ぶ時間が長くなりすぎてもダメ。そのバランスを取るのが難しいですよね。だから、1面はやさしく、2面から厳しくといった感じで作ってました。そういった意味でアーケードゲームは、ほかのパソコンゲームやコンシューマーゲームと味つけがまったく違います。短時間でより深く感じられるような作りですよね。あと今でこそ、コンシューマーとの垣根がないですけど、基板(※16)は最新のチップを使っていたので、その当時のトップレベルの技術を体感できて、楽しかったですね。ただハードウェア自体にバグがあるという怖さもゲーム基板にはありました。開発途中の基板をゲームセンターに持ち込んで、プレイヤーの動向を探るロケテスト(※17)が楽しかった。難易度が高すぎた時は、その場で難易度調整したり。
――ロケテストを開発側で見守るのはおもしろそうですね。
石川:あとは多くの方との交流ができました。セガさん、タイトーさん、ナムコさんの方々と飲んだりしました。簡単な情報交換もしたり。オレのゲームが今度ロケテストなんだよねー。じゃ見に行こうかって話になって、各ゲーム会社の人間があーだこーだ言うわけですよ(笑)。
――そんな会があるとは……!! きっかけというのは。
石川:ボクの友人が他社に入っていたので、そこでのつながりとかですね。
――ライバル会社の人たちなわけじゃないですか?
石川:まぁ、確かに。でも、実際はそうじゃないですね。
――同じクリエイター仲間って感じなんですね。
石川:それに「ベーシックマガジン」の編集さんとかも加わって、ちょっとした生情報が手に入ることもありましたね。多い時は20人ぐらい集まったかな。あとパソコン通信(※18)が整備されてた頃で、みんなでニフティの掲示板で今週飲もうよとか、ロケテがあるよとか、やりとりしたり。業種間『ストリートファイター2』(※19)大会なんてものありましたね。妙にタイトーさんチームが強かった(笑)。
――少し話が戻りますが、作られたゲームが初めて世に出た感想というのは?
石川:「うれしい」です!!ゲームセンターに自分のゲームがあるというのが、まずうれしいです。自分の作ったゲームで遊んでいる人を見ると、うれしいじゃないですか。誰も遊んでないと自分で遊んでたくらいですから(笑)。だから、出た当時は頻繁にゲームセンターに足を運びました。
――履歴書を拝見させていただくと、次のタイトルがすぐですよね。
石川:そうなんですよね。この頃のアーケードって、開発ペースが早くて。1作品につき、1年かかってないんですよね。だいたい企画が平行して、プログラムがマスターアップしたら、すみやかに次作に入るペースでやってましたよ。
――『キャプテンアメリカ』(※20)は4人同時プレイもできたりでおもしろかったですよね。海外のメガドライブ版を持ってますよ。
石川:ちょうどその頃、セガさんが『スパイダーマン』(※21)を作っていたので、同時期にロケテストとかで、勝負だ!なんて話をしましたね(笑)。その頃はアメコミブームでしたからね。
【編集部注釈】
※1 アセンブラ……アセンブリ言語という機械語を使い、プログラムを組むこと。
※2 C言語……プログラム言語の1つ。
※3 アスキー……コンピューター関連の雑誌やソフトの制作を手掛け、ゲーム業界黎明期を支えてきた企業。2008年にメディアワークスと合併し、アスキーメディアワークスとなる。
※4 ロム刺し……届いたロムを基板に刺す作業。ロムの足は細く、折れてしまうと使い物にならないため、慎重な作業が必要。

※5 「ラーメン博物館」……新横浜にある、さまざまなラーメンが食べれるアミューズメント施設。
※6 88……NECのPC8801シリーズのこと。最先端のゲームが発売されることもあり、PC8801ーSRなどは、憧れのパソコンの1つだった。
※7 「MSX」……エムエスエックスと読む。1983年にアメリカのマイクロソフトと、当時ソフトウェア会社であったアスキーによって提唱された家庭用コンピューター。ソニーや松下、三洋、日立といったさまざまなメーカーが参入し開発していた。「MSX1」、「MSX2」、「MSX2+」、「MSXturboR」の性能の異なる規格が存在した。
※8 『激闘!ラーメンコロシアム』……ラーメンの早食いをテーマにしたゲーム。1回100円で遊ぶことができた。
※9 『グランディアデジタルミュージアム』……1997年にセガサターン用のソフトとして、ゲームアーツから発売された、『グランディア』のファンディスク。

(C)1998 GAME ARTS/ESP
※10 データイースト……1976年に設立された日本のゲームメーカー。独特な世界観を持つ作品が多く、それらを「デコゲー」の愛称で呼ぶなど、多くのユーザーに愛されていたが、負債により2003年に倒産している。写真は迷作『チェルノブ』。
(C)1992 DATA EAST CORP.
※11 『メタルギア』……コナミが1987年にMSX2用ソフトとして発売したアクションゲーム。敵を倒すのではなく、いかにみつからずに進むかというコンセプトが受け、人気を博す。小島秀夫氏が手掛けた作品だ。
※12 『グラディウス』……コナミの名作横スクロールシューティング。現在『グラディウスV』まで発表されている。
※13 『A-JAX』……1987年にコナミからアーケードで発表されたシューティングゲーム。2Dと3Dのステージが交互に展開し、急降下して敵を討つ3Dステージが話題となる。
※14 海外だけでしか発売しなかったゲーム……『マッドモーター』というタイトルで、『グレイトラグタイムショー』の制作者が企画したゲーム。
※15 『ロボコップ2』……同名の映画を題材にしたアーケード用の横スクロールアクションゲーム。
※16 基板……カセット状になっているものもあるが、基本的にアーケードのソフトはチップなどがむき出しの基板の状態となっている。

※17 ロケテスト……ロケテとも略す。開発がある程度進んだ状態で、実際にユーザーに遊んでもらい、その反応を見るというもの。
※18 パソコン通信……通信回線を利用してホストのサーバーに接続、参加者とメールやチャットなどを行うことができるサービス。インターネットの普及とともに衰退していった。
※19 『ストII』……カプコンの『ストリートファイターII』のこと。言わずと知れた、対戦格闘の元祖的ゲーム。
※20 『キャプテンアメリカ』……同名のアメリカンコミックを題材にしたアーケード作品。4人同時プレイが可能で、カルト的な人気を博す。
※21 『スパイダーマン』……映画にもなるなど、人気のアメリカンコミック。セガはアーケード以外にメガドライブなどでもスパイダーマンのゲームを発売している。