

『ナイツ』や『スペースチャンネル5』などのサウンドを担当された幡谷尚史さんは、今年でセガに入社してから17年目と、人生行路の中で最も職歴が長い。そんな幡谷さんの仕事の姿勢は、目的意識やこだわりを持ちつつも、柔軟に仕事をこなす。さらにどれだけ愛を持って、タイトルに接することができるか。継続は力なり。長く続けるための極意を幡谷さんの人生から学ぼう。
――お手伝いではなく、すべて1人で担当されるようになったのは、いつ頃から?
幡谷尚史(以下幡谷、敬称略):ネット用のソフト(※1)などをやってたりもするんですが、ゲームらしいゲームは『ゴールデンアックス2』(※2)ですね。2、3年目だったので、後輩が入って、彼と2人でやりましたね。
――ほぼ1人で作り上げられた作品を見て、その時のお気持ちというのは?
幡谷:ゲームのデザイナーサイドからこういうのがいいと言われたのが、たぶん映画の音楽だったんですよ。全然そういうものを作ったことがなくて、でも、テーマ引用っていうか、テーマになるフレーズをゲームの終盤の方に持ってきたりとかはしてるんですよね。生意気にも。ちゃんとテーマを際立たせたいと。今聴くとすごく恥ずかしいですけど(笑)。
――音楽の場合はディレクターサイドからの注文に沿って作ることが多いと
思うんですが、その中でのこだわりの出し方というのは?
幡谷:まだ最初の頃は、コレみたいな曲が欲しいとか、ダイレクトな情報のほうがありがたかったので、ディレクターサイドからのアドバイスをなるほどなるほどと聞く感じで。ニーズに応えられるものをいかに作るかで精一杯でした。でも、そのうちにだんだん生意気になってくるんですよ。そんなこと言うけど、どれだけ音楽のことを知ってるのか。どんな音楽を聴いてきたんだとかね(笑)。そういうことを考えるようになってきて。その当時はまだゲームの音楽の表現はチープだったんですけど、セガのサウンドチームの先輩には、尊敬できる人がいっぱいて。びっくりするぐらい、新しいものや前衛的なものに積極的で、すごく志が高いことを考えている人が多くて。まだ生音が使えない時代に、音楽でできるインタラクティブの可能性を考えたり、前衛的な表現方法のライブを見にいったり、音響学会の発表会に連れて行ってもらったり。ゲームのチープなサウンドと、先輩たちの考えていることのギャップが信じられなくて。なぜそういう人たちがサウンドチームにいたのかは、いまだに謎なんですけどね。
――その後はメガCDへとCD-ROMを使ったハードへと移りますが、
やはり作業工程などもガラっと変わりましたか?
幡谷:作業手順は今までと比較にならないぐらい、工程は変わりましたね。「クイズスクランブルスペシャル」(※3)というタイトルを担当しまして、これで初めてレコーディングを経験したんですが、一緒に音作りを担当してくれた人たちが、ピンクレディー(※4)の「UFO」とかを音をつけていたチームで。いきなりそういうポップスの一流の人たちと仕事ができたりと、すごい変化でしたね。
――まったく作り方が変わったと?
幡谷:これまではコンピューター上で作った曲を、ゲーム用のデータに変換していく、その場所だけで完結する作業だったんです。それが、外に出て、1つずつ音を録って、ミックスしていくという形に変わりまして。当然、発音数の制約もなくなるわけで、クイズゲームという簡単なゲームではあったんですが、世界は変わりましたね。ただ逆に広がりすぎて、できることが増えすぎて、整理がつかなくて、不安なところもありましたが。
――担当された『ソニックCD』(※5)は、歌が入ってますからね。
当時、すごく驚いたのを覚えてますよ。
幡谷:あれはB'zさんとかが所属しているビーイングという事務所とやったんですよ。今でいうとタイアップですね。当時の課長が、音楽業界の人と仕事をすることを考えてまして、曲はボクらで作って、アーティストに歌ってもらうと。その頃、ゲーム音楽のボーカルアレンジ集で「SING!!」(※6)というCDが発売されてたんですが、その中から宇徳敬子さん(※7)がいいんじゃないかということで頼んだんです。それで、アレンジをしてもらったり、SHOGUNのケーシー・ランキンさん(※8)に歌詞をつけてもらったりしましたね。
――外部の会社の方とのやりとりもやるようになったと。
幡谷:基本的にやりとりは課長が担当してましたが、アレンジなどについてはボクらが文句つけたり(笑)。サンプリング音楽がようやくメジャーになってきた頃で、そういう音楽に免疫がない方には、理解が難しかったようで、アレンジの解釈が違って、戦いがあったりはしましたね。だから、もうその頃にはすでに生意気でしたよね(笑)。
――ゲーム音楽と一般の音楽での温度差みたいなのは感じられました?
幡谷:作る工程が学生の頃バンドでやっていた感じと同じになったので、ボクらは温度差はなかったですね。でも、一般の音楽業界の方から見れば、たかがゲーム音楽と思われるし。それはいまだにそうなんですよね。正直ゲーム音楽の方が難しいし、面倒くさいんですよ。ボクはどちらかというと、不得意なんで(笑)。
――ゲームの雰囲気に合わせる必要がありますからね。
幡谷:それもそうですし、さらにその中で主張を作っていくのが難しいですよ。ジャマにならずに、受け入れられるものを作る。これはいまだに悩みますね。
――その後『スペースチャンネル5』(※9)では、
もう「ゲームの音楽なの?」というレベルになってますが、
生意気なところが出た感じですか?
幡谷:もう生意気を通り越して、ゲームの音楽とは? といったところにきてて。ゲームの価値を上げる音楽とはどういうものなのかという考えに寄ってきてますね。ボク自身、いろいろな思いで各タイトルに関わってきてますが、『ナイツ』(※10)というタイトルもすごく大きいですけど、この頃から自分の関わり方というか、ポジションとか、音の効果とか、すごく考えるようになってきてましたね。
――『スペースチャンネル5』はリズムゲームなので、
音とゲームの関わりが密接な作品でもありますよね。
幡谷:『スペースチャンネル5』は、ものすごく難易度の高い仕事でしたね。システムを音で背負わなくちゃいけない。しかも、レトロフューチャーというテーマを音でも具現化していかねばならない。構造的にもすごく制約がある作品でしたね。
――音楽って、ものすごく広大なジャンルで、
1つ1つ聴くわけにはいかないと思うのですが、
その中での情報のアンテナの張り方とコツというのはありますか?
幡谷:『スペースチャンネル5』はラウンジミュージックやモンド、サイケ(※11)、似非(えせ)感といったものがキーワードで。テーマ曲の「メキシカンフライヤー」なんかも、似非スパイ音楽ですから。ちょっとうさんくさい感じ。で、どういう音楽が合ってるかは、やっぱりササキさん(※12)が決めてるんですよ、最初に。それをもとに音楽のCDを集めたりして、どうすればこういう音楽を組み立てられるかって考えたり。だから、自分のアンテナはそんなに大したものじゃなくて、ボクはどちらかというと、そういう人たちの受け売りですね。テレビとか、映画とか、CD屋さんを見て回る程度ですね。ただなぜブームになっているのかなど、人気の理由やその曲のよさなどは時間をかけて考えたりするようにしてますね。
――こだわりのある方は、凝り固まった考えの方も多いですよね。
幡谷:コンセプトであれば、大歓迎なんですよ。一番イヤなのは、『ゼルダ』(※13)のこの場面の音楽のような音楽……みたいな、一番夢がない指示の出し方ですね。最初はそういう指示をされたほうがやりやすかったんですけど、ある程度の時を経て、そこにすごく抵抗も持つようになったんですよ。でも一緒に作っている人が何を目指しているのかも無視できないのでコンセプトシートといった資料が重要になってきて、それで考えを共有していくと。あとその先は人間関係なので。合わない人とは合わないし。今でもそうですけど、相性はありますよ。『スペースチャンネル5』の時は、みごとにボク自身がハマってしまって。ただ最初は湯田君(※14)の理想となる音にならなくて、大変でしたね。とくに開発の湯田君はデザイナーなので、具体的な指示じゃなくて、感覚的な指示をしてくるので、それをどうすればいいのかってところでかなり試行錯誤はありましたね。
――あと先ほども少し話がでましたが、音楽とシステムが密接に絡んでいますしね。
幡谷:パズルのようでしたね。分岐するので、うまいプレイをしていくと難しくなって、さらに決めがかっこよくなるとか、プレイによって曲がどう変わっていくかなど。いろいろ戦いもありましたね。『チャンネル5』は音ゲーですけど、実際はデザインを魅せるための音ゲーなので。ただ矢印を追うことに夢中になって、デザインがどんなだったか印象に残っていないようなゲームにしないために、システムを音だけで成り立つようにしているので。そういった意味では音楽で主張できるポイントは少なかったですけど、移動と戦闘で音の役割をつけたり、工夫はしましたね。
――資料を見るだけでも、頭が痛くなりそうですが……。
音楽はイメージだと思うんですが、
その真逆にあるロジカルなシステムを組み込んでいるわけですからね。
幡谷:最も入り組んでる音のデザインのゲームだと思いますね。しかも、『パート2』でミュージカルとか言い出して(笑)。声をどう使うんだって話になって、着地点から作っていくんですよ。こういうプレイをさせるためには、こう作っていくと。積み重ねて作っていくというよりも、完成図を考えて、間を埋めていくという流れですね。
――サウンドチームからシステムに意見するということもありましたか?
幡谷:『チャンネル5』チームは、そういうのが許されていましたね。他のチームでは、サウンドは仕事を請け負う外注扱いの立場でやる場合もあるのにね。サウンドから歩み寄って意見できるチームだったからこそ、複雑なこともやれたんだと思います。
――そして、システムもサウンドチームで手掛けられた、
『ルーマニア#203』(※15)へとつながるわけですが、
ゲーム制作のきっかけというのは?
幡谷:例えば『ナイツ』でナイトピアン(※16)にどんな音をつけたらいいだとか。少し下手な歌をうたったら、おもしろいよねとか。集まったら合唱したら、楽しいよねとか。そういうことを『クリスマスナイツ』(※17)でやって、ゲームの中にキャラクターに音で命を吹き込むというアイデアがボクらの中ですごく高まっていったんですよ。そうしたら、サウンドチームでも何かゲームを作ってみろって話になりまして。普通だったら音ゲーとかの企画を出しちゃいがちなんですけど、キャラにいかに音楽で命を吹き込めるかということで、主人公“ネジ・タイヘイ”の生活を覗くというゲームにと。
――確かに音に対するこだわりは半端じゃないですよね。
独り言システム(※18)なんかはかなり膨大でしたし。
幡谷:“ネジ”というキャラを見せるためのテレビの音だったり、CDやラジオだったりするので、音にはこだわりましたね、独り言システムも膨大過ぎて、かなり苦労しましたよ。ただうれしかったのは、キャラクター大賞を取ったんですよ。あんな何にもない平凡な男が(笑)。独り言など、音にこだわったからなのかなと思ってますね。
――“ネジ・タイヘイ”が好きなゲーム中のアーティスト・セラニ・ポージ(※19)。
そのCDを発売するという展開もおもしろかったですよね。
幡谷:ゲームのサウンドチームからアーティストのCDを出すというのは、ひとつのあこがれで、それにうってつけのタイトルだったので、力を入れましたね。
――同じような展開を考えられる方は多いと思うんですが、
ゲームの発売前に、ゲームのことに触れずにいちアーティストのCDとして、
発売している点もすごく画期的ですよね。
幡谷:最初のアルバムなんかは、コロムビアと組んだんですけど、すごいチャレンジだったと思いますよ。普通のタイアップじゃないし、架空のアーティストだし、レコード会社としては売りづらかったりでしょうね。でも、そんな微妙な位置で出せて、かつゲームのエンディングであらためて聴くことで、深みが全然違うと。おもしろいCDになったと思います。
――いちファンとしては、『ルーマニア』は続編も期待してますが……。
幡谷:『ポロリ青春』(※20)でやりたかったことは、“ネジ・タイヘイ”をプレイヤーに隷属するものではなく、いち人格として認識させることだったんです。次がやれるなら、是非その先をやりたいですね。
【編集部注釈】
※1 ネット用のソフト……メガドライブのネット用ソフトをいくつか担当されたとのこと。写真はその1つ。『日刊スポーツ プロ野球VAN』。

(C)SEGA 1991
※2 ゴールデンアックス2……1991年12月にメガドライブで発売されたアクションゲーム。メガドライブオリジナルで、アーケード版の続編にあたる『デスアダーの復讐』とは別物。現在でもWiiのバーチャルコンソールで遊ぶことができる。

(C)SEGA 1991
※3 クイズスクランブルスペシャル……1992年5月にメガCDで発売された、遊び心満載のクイズゲーム。「クイズを出しタイガー」というトラのセリフは名文句!
※4 ピンクレディー……70年代後半のアイドルデュオ。「ペッパー警部」や「UFO」など、ヒット曲は数知れず。振り付けを真似るなど、社会現象となる。
※5 ソニックCD……1993年9月にメガCDで発売された、セガのマスコットキャラでおなじみのソニックが活躍するアクションゲーム。正式名称は『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』。
※6 SING!!……B.B.クイーンのメンバー製作のCD。英語の歌詞をつけた『アウトラン』や『アフターバーナー』といったセガのヒット作の曲を、大黒摩季さんや宇徳敬子さんといったアーティストが歌っている。メガCDで再生すると、マークIII版の『テディ・ボーイ・ブルース』も遊べる。1992年発売。

※7 宇徳敬子さん……シンガーソングライター。他のアーティストのバックコーラスとしても活躍している。ソロとしての初仕事が『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』。
※8 ケーシー・ランキンさん……アメリカのカンザス州生まれのミュージシャンで、1971年以降はロックバンド・SHOGUN(しょうぐんと読む)として日本で活動。
※9 スペースチャンネル5……1999年12月にドリームキャストで発売されたリズムアクションゲーム。テレビのリポーター・うららとなり、モロ星人の動きに合わせて、ボタンを入力していく。2002年にはPS2版も発売。さらに続編となる『パート2』も、ドリームキャストとPS2で発売されている。
※10 ナイツ……1996年7月にセガサターンで発売されたアクションゲーム。幻想的な夢の世界を舞台に、ナイツと呼ばれるキャラクターを操作して冒険していく。空を飛ぶ独特の浮遊感と、心地よいサウンドで人気を呼んだ名作。
※11 ラウンジミュージックやモンド、サイケ……ラウンジミュージックは、ホテルのラウンジやカフェなどでかかるゆったりとした音楽。モンドはそもそもフランス語で世界という意味の言葉。現在では、別世界の〜、ちょっと変わった視点の〜という意味で使われている。サイケはサイケデリックの略で、60年代後半にアメリカで起こったヒッピー文化の総称
※12 ササキさん……元セガのサウンドクリエイター・ササキトモコさんのこと。現在はフリーとして活動。ゲームだけでなく、アニメやテレビ番組などの楽曲や映像などの場でも活躍している。代表作は『ナイツ』、『リスター・ザ・シューティングスター』、『ルーマニア#203』など多数。
※13 ゼルダ……『ゼルダの伝説』のこと。1986年2月にファミコンのディスクシステムで発売され、現在にいたるまで、10を超えるシリーズ作が発売されている。
※14 湯田君……『スペースチャンネル5』のディレクターの湯田高志氏のこと。ゲームではヒューズ役の声優としても参加している。『ぷよぷよフィーバー』などのプロデューサーも担当。
※15 ルーマニア#203……2000年1月にドリームキャストで発売されたゲーム。プレイヤーは神様となり、大学生の“ネジ・タイヘイ”の生活をのぞきながら、彼の行動に介入。波乱に富んだ人生を歩ませていく。感動的なシナリオで熱狂的なファンを持つソフトでもある。ちなみに写真はオープニング画面。なぜか実写で、これはCGクリエイターの谷田一郎氏によるもの。PS2版も発売されている。

(C)SEGA CORPORATION,2000
※16 ナイトピアン……『ナイツ』の中に登場する人工生命体。

(C)SEGA
※17 クリスマスナイツ……『ナイツ』の体験版として、1996年のクリスマス前後に配られたソフト。遊べるのは1ステージのみだが、本体の内蔵時計と連動し、ナイツの衣装が白と赤になるなどの演出が盛り込まれていた。
※18 独り言システム……テレビを見たり、ラジオを聴いたり、何かアクションを起こさせると、それに対応したセリフを“ネジ・タイヘイ”が言う。条件が厳しいものも多く、独り言コンプリートは至難の業。
※19 セラニ・ポージ……“ネジ・タイヘイ”がファンというゲーム中の架空のアーティスト。現実でも作詞作曲・ササイトモコでアルバムが6枚(remix版も含む)が発売されている。ポップでゲームを普段しない人の間でも人気が高い。現在は残念ながら活動休止中。
※20 ポロリ青春……2003年にPS2で発売された『ルーマニア#203』の続編。大学生だった“ネジ”が練り物会社に就職したうえ、女の子の主人公“コイズミ・カカト”の人生にも介入できるようになっている。詳しくはこちらを参照のこと。

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(C)WAVEMASTER/SEGA CORPORATION,2003