クリエイターインタビュー:『バイトヘル2000』アシスタントプロデューサー 長井伸樹(ながいのぶき)さん

お話を聞いた人→『バイトヘル2000』アシスタントプロデューサー 長井伸樹(ながいのぶき)さん

 ゲーム開発の仕事は徹夜などもあり、キツイもの。そんな状況の中で、楽しく仕事するためには息抜きがとても大切だと語る長井伸樹さん。趣味がメインで、仕事はサブ? そんな長井さんの仕事っぷりから業界の荒波を越えていく極意を学ぼう。電撃PSPにて、好評連載中の長井さんのコラム「ちょっとヘル2007」と合わせて読めば、開発秘話の楽しさ倍増必至!

クリエイターの生い立ちや趣味趣向を知れば、アイデアや発想のヒミツがわかっちゃうかも…!? ゲーム業界の第一線で活躍する敏腕クリエイターに、その華麗なる生き様について突撃取材。未来のクリエイター必見のインタビュー集。9月は『バイトヘル2000』アシスタントプロデューサー 長井伸樹さん。

第3回 夢の追っかけ生活に後ろ髪をひかれつつ!? SCE入社

――(笑)。そんな夢のような生活から、SCEさんに入られることになった経緯というのは?

長井伸樹(以下長井、敬称略):『どこいつ』(※1)をやっていたプロデューサーの高橋が、僕のテクモの時の同期だったんですよ。それで彼に呼ばれて、「仕事を手伝ってくれ」と。でも、当時僕は追っかけをしていたので、それが主務。仕事はサブというイメージでいたんですけど、さすがにそうもいかなくて、結構仕事をまかされてしまいまして、「なんだ、これは」って思いつつ、『幸福操作官』(※2)をやった感じですね。

――『幸福操作官』の制作のために、呼ばれたわけですか?

長井:そうですね。彼はプロデューサーだったんですけど、複数のタイトルを抱えているんですよ。当時はアシスタントプロデューサーと言ったのかな? そういう人間が彼の下にいて1タイトルずつ現場を見ているんですが、なかにはプロデューサーが直で見るタイトルもあるんですよ。それが彼の場合はすっごいたくさん直で見てて、そのうち1本を「これはすっごい大変なヤツだから任せる」って言われて来たわけです。

――いきなりの復帰なわけですが、どんなお気持ちでしたか?

長井:「いきなりですか……。カンベンしてくださいよ、仕事よりも大事なものが僕にはあるのに」って気持ちでしたよ。でも、なんで入ったんでしょうね。当時の自分に聞いてみたい(笑)。資金がだいぶなくなってきてたのもあると思うんですけどね。追っかけって資金がものすごくかかるんですよ。いまだに驚くのが、普通飛行機ってツアーとかで安い切符を買うじゃないですか。この当時はおかしくて、当日券。ノン値引きのヤツで富山に行ったりして、「お前はどれだけできるサラリーマンなんだ」って(笑)。そんなことばっかりしてたので、たぶんお金がなくなってて、入ったんでしょうね。

――復帰後も、やっぱりゲーム業界はキツかったですか?

長井:まぁ、やっぱりキツかったですね。ボクが入った段階でもう開発が1年ぐらい経ってたのかな。それで聞いてみたら、スゴイことになってるんですよ。「これがあと1年でまとまるのだろうか。オレは国家プロジェクトみたいなのを作ってるんじゃないか」みたいなタイトルで。

――確かに複雑なゲームですよね。登場人物が相互に絡み合っていたり。

長井:最終的には100人になりましたが、最初1,000人とか言ってたんですよ。どうやって作るんですか? それで3回ぐらいスライスしてるんですよね。これは無理だから、まず500人にしよう。その次に200人にしましょう、最終的に100まで落としたんで。最初1,000人って聞いた時は「オレが何人いれば終わるんだ。SCEの制作スタッフ全員がこれに関わらないと完成しないんじゃないか」ってタイトルだったんで。もうどうしていいものかって感じでしたね。

――途中からの参加というのもありましたしね。

長井:もう「やれやれやれやれ」で。当時、中野坂上に制作部があったんですけど、そこで時には泊り込んだりもしつつ、なんとか時間を作って、コンサートに行かねばってのもありまして、ホントもう大変でしたね。この1年は濃密な時間でしたよ。で、そうですよ、この制作期間中に交通事故に遭いまして。買い出しの帰りに、右折してくる車が止まんなくてはねられて、そのまま救急車で連れてかれちゃって……。

――だ、大丈夫だったんですか?

長井:偶然かっこよくボンネットの上に乗ったので、ケガをしなかったんですよ。でも、仕事をしなくちゃいけないので、すぐに戻りたいのに、交番が目の前にあって、おまわりさんが来ちゃって、救急車を呼んだって言うんで乗せられたりして、何事もなくてよかったんですが、大変でしたよ。

――お仕事の具体的な内容としては? 現場を指揮するような立場で?

長井:そうですね。なんて言えばいいのかな、半ディレクター!? ディレクターは別にいたんですけど、僕はそのディレクターの仕事も少しやりながら、プロデューサーとして、お金や進行の管理をやりながら、データも全部やってたんで。何でも全部やってましたね、何でも全部。登場人物の行動表みたいなのがあったんですが、そのデータが打っても打っても終わらなくて……。ボクは論理的な思考があんまり得意じゃなくて、数学とかも苦手だったんですけど、「こんないっぱい人が出てきてもらっちゃこまるよ」みたいなので、キツかったですね。あとムービーの絵コンテとかも、前の会社でもやっていたので、僕がやりまして、どうにか『幸福操作官』はアウトしたと。正直、終わった時にはもう辞めるかってぐらいの疲れ方でしたね(笑)。

――(笑)。その選択肢はなかったんですか?

長井:ゲーム業界ってズルくて、制作が終わった後に少し時間が空くんですよね。それで会社を休まなくても、コンサートとかに行けるようになって、「こりゃいいや」って、回復するんですよ。でも、そんなことをしているうちに、次のプロジェクトが始まって……。だから、毎回だましだましですよね。特に僕は社外での活動が活発だったんで大変でしたけど、それがあったからモチベーションを維持できたってのもありますね。

――『幸福操作官』の後は『バイトヘル2000』(※3)になりますか?

長井:その間にプロモーションの作業や新しい企画を考えたりしてましたね。で、その時に僕の上司の藤澤(※4)に、「『グルーブ地獄V』(※5)の続編みたいなのをやりたいと思ってるんだけど、やる?」って言われて、「やりますけど」って言って、始めたのが『バイトヘル2000』ですね。なんかあっさりとした始まり方で、あんまりおもしろい話ができないんですけど(笑)。

――『バイトヘル2000』は最初から制作に関わっていたとのことですが、意気込みみたいなのはありましたか?

長井:発売時期をこの頃にしたいというのが明確で、「短期間でやれ」ということだったんですよ。だから、短時間で勝負を賭けるしかないって、覚悟は決めてましたね。ただ『幸福操作官』の時もそうなんですが、チームには僕のテクモ時代の後輩もいたりして、気心が知れているぶん、「やってくれ」と言いやすかったので、そこは助かりましたね。

――電撃PSPのコラムでも、開発時のエピソードを語られてますが、
   何かおもしろエピソードとかはありますか?

長井:開発の前年に結婚してまして、瀧さん(※6)の最初の打ち合わせの時が、子供が産まれた日だったんですよ。今でも忘れませんね。瀧さんと、田中さん(※7)とにこやかに話をしていたら、電話が鳴るんですよ。実は前日に陣痛があって、打ち合わせ当日の朝に病院へ送って行ってるわけですよ。でも、初めてのミーティングですし、出れないんですよ、電話に。たまにトイレに行って、病院に電話をかけると、「奥さんが、もう呼んでください、呼んでください」って言ってますと。でも、ボクの都合でミーティングを終わらせて、病院に行けないわけですよ。その時はこれは仕事だし、しょうがないと覚悟を決めましたね。まぁしょっぱなからそんな感じでしたね(笑)。

――ピエール瀧さんや田中秀幸さんというのは、他の分野の方になりますが、
   ゲーム業界以外の方とのお仕事ということで苦労はありましたか?

長井:おふたりのイイところは引き出しつつ、でも、スケジュールは合わせていかないといけない、という部分で最初不安はありましたね。あと電グル(※8)とかは聴いてたりはしたんですけど、大ファンというわけでもないし、瀧さんという人がどういう方かもよくわからなくて。「いきなりデカイ人がやってきたぞ」っていう面識ですから。でも、試作をやってくうちに、考えがわかってきて、「それ、わかりますよ」って。チームのメンバーも全員30(才)オーバーなんで、ほぼおっさんしかいなくて。年齢的な部分でも、話が合ったんで、そこはよかったですね。

――そうですね。若い人がいたら、「なんで、こんな理不尽なんですか?」的な発言もあったでしょうし。

長井:そこは、この制作チームは理解のある人間ばっかりだったんで、スムーズでしたね。あとボクがもともとマゾゲーマー体質なんで、さらにマッチして(笑)。

――長井さんのマゾ体質はかなり注入されているとのことですが、そこまでマゾじゃなくてもなんて人はいませんでしたか?

長井:いましたよ。いて、あの形なんですけど、まだひどかったみたいな。「平成の時代になぜ」なんて、よく言われますね(笑)。「受粉」(※9)なんかは、プランナーが試作を作って、それを瀧さんに見せるじゃないですか。瀧さんもびっくりするぐらいの難しさだったんですよ。1回も着地できないんですもん、ピョーンピョーンって。あと「1000本ノック」(※10)も、製品版だと走っていってボールを取るという感じなんですが、最初の設定だとイメージで言うとカキーン→即捕球みたいな。それは「あまりにも速過ぎるだろ」って、瀧さんに止められましたね。それぐらい、チームもマゾっぽくて、結論から言うとよくなかったなと(笑)。そんな感じで始めて、じゃあ本格的に作り始めましょうとなったのが、2005年の4、5月ぐらいかな。

――発売が12月ですから、もうかなり厳しいですね……。

長井:厳しいのが丸見えですよ。最初ミニゲーム100個って言ってましたからね。それがものすごく高い山過ぎて……(笑)。瀧さん的にはやりたいんですけど、「これは厳しいですよ、瀧さん」と。何と言って、ごめんちゃいするのかってのが胃が痛くて……。ただ制作チームの顔色から察していただいたみたいで、ミニゲームの話をするとあまりにも、みんなが絶望的な顔をするんで。聖断が下されて、最終的に40個に落ち着きました。ただ最後の50個にしようという攻防は熱かったですね。

――ミニゲーム40個、ドウグ10個(※11)でバランス取れてるように思うんですけどね。

長井:でも、やっぱり作ってる時は「いっぱいあった方がいい」ってなるんですよ。チームの人間もいっぱい入れたい気持ちはあるんですけど、現実論として厳しいと。ベテランも多いので、作業にかかる時間も読めるんですけど、難しいのが、作ったものを瀧さんに見ていただいて直してという作業のぶんだけ、手間がかかるんですよ。まぁ通常もディレクターがチェックするんですけど、瀧さんは常に制作現場にいらっしゃるわけではないので、その辺りでのスケジュール管理は苦労しましたね。

――チェックの流れというのはどんな感じで?

長井:ミニゲームのプロトタイプみたいなものをバーッと作って、それを瀧さんと田中さんに見ていただくという繰り返しですね。で、なかにはおふたりのこだわりがぶつかることもあって、それで会議が13時間になったりとか。ホント、その会議は疲れましたね。でも、普通そこまで長引くとダラダラになるんですが、会議内容としては濃密で。おふたりともゲームに対する理解のある方々で、勉強になることも多くて、僕らにとっても実になることが多かったですね。電撃PSPのコラムにも書いた「ラーメンタイマー」(※12)なんかも、絶妙なはずし具合とか、僕らだったらできないようなことを、田中さんがされていたりして、そこも『バイトヘル』っぽかったり。

――すごく刺激になったと。

長井:そうですね。あともともと内弁慶で、電話が大嫌いなんですけど、外部の方とのやりとりとかもやらなくちゃいけないプロジェクトだったんで、いろいろよい経験になりましたし。

【第4回(10/4更新)に続く】

【編集部注釈】

※1 どこいつ……ゲーム内のキャラクターとのコミュニケーションが楽しめるソフト『どこでもいっしょ』のこと。

※2 幸福捜査官……2004年にSCEからPS2用ソフトとして発売されたゲーム。仮想世界に暮らす100人の1日を観察し、彼らを幸せにしてあげることが目的。


(C)Sony Computer Entertainment Inc.

※3 バイトヘル2000……2005年12月にSCEからPSP用ソフトとして発売されたミニゲーム集。ゲームディレクターはピエール瀧氏が担当しており、ひよこのオス・メスを仕分ける、心霊写真を鑑定する、シューベルトの魔王をゲーム化した縦スクロールアクションなど、全40種類あるミニゲームはどれも変なものばかり。ちなみにアートディレクションは「スーパーミルクちゃん」などでおなじみの田中秀幸氏。

※4 藤澤……『パラッパラッパー』や『SIREN』シリーズのプロデューサー・藤澤孝史さんのこと。

※5 グルーブ地獄V……1998年にソニー・ミュージックエンタテイメントから発売されたソフト。音楽ユニット・電気グルーヴのプロデュース作品で、ジャンルはクソゲー。ミニゲームと呼ばれるバイトを行い、稼いだお金でガチャガチャをし、音源を入手。その音源を組み合わせて、演奏を楽しむことができた。ちなみに最後のVはブイではなく、ファイブ。


(C)1998 Sony Music Entertainment(Japan)Inc.

※6 瀧さん……電気グルーヴのピエール瀧(たき)さんのこと。無類のゲーム好きで、『モンスターハンター』のプレイ時間は500時間以上とか。音楽活動以外に、俳優としても活躍しており、現在(2007年9月)「おじいさん先生」で、おじいさんの先生の役を怪演している。

※7 田中さん……アートディレクター・田中秀幸さんのこと。「ウゴウゴルーガ」や「OH!スーパーミルクチャン」、ゲームでは『グルーヴ地獄V』や『バスト・ア・ムーブ』などの制作に参加している。ちなみに声優さんに同姓同名の方がいらっしゃいますが、別人。

※8 電グル……石野卓球さんとピエール瀧さんによる音楽ユニット・電気グルーブのこと。

※9 受粉……花粉を操作して、めしべにうまく着陸させ、りんごを実らせるという『バイトヘル2000』のミニゲーム。絶妙なボタンさばきが要求され、ちょっとしたミスで花粉は簡単に弾けてしまうなど、難易度はやや高め。


(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.

※10 1000本ノック……正式名称は「地獄!!!1000本ノック」。鬼コーチが放つ強烈なノックを受けるという『バイトヘル2000』のミニゲーム。あまりの難易度の高さに、デバッガーもさじを投げたとか。


(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.

※11 ドウグ10個……『バイトヘル2000』には、40個のミニゲーム以外に、暗闇を照らす「ライト」や世界各国の時間がわかる「世界時計デラックス」など、生活で役立つドウグと呼ばれるツールも収録されている。

※12 ラーメンタイマー……『バイトヘル2000』のドウグの1つ。カップラーメンの待ち時間をマッチョと水着ギャルが楽しく計ってくれる。3分、4分、5分に対応。


(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.

(C)Media Works 2000-
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