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クリエイターインタビュー:『みずいろブラッド』キャラクターデザイナー 横尾有希子(よこおゆきこ)さん

お話を聞いた人→『みずいろブラッド』キャラクターデザイナー 横尾有希子(よこおゆきこ)さん

 両親がともに美大出身で“絵家族”といった環境に育ち、子供の頃から絵を描くことが大好きだったという横尾有希子さん。『太鼓の達人』に代表されるかわいい系のキャラクターだけでなく、『みずいろブラッド』のようなキレた世界観も想像できる柔軟な感性はどのように培われてきたのか……? 個性派クリエイターを目指すなら、横尾さんの生き様は間違いなく参考にしたいところ。

みずいろブラッド『みずいろブラッド』
■メーカー:バンダイナムコゲームス
■発売日:2007年6月14日
■機種:DS
■ジャンル:ETC
■定価:通常版/5,040円(税込)
■関連サイト:公式サイトバンダイナムコゲームス

クリエイターの生い立ちや趣味趣向を知れば、アイデアや発想のヒミツがわかっちゃうかも…!? ゲーム業界の第一線で活躍する敏腕クリエイターに、その華麗なる生き様について突撃取材。未来のクリエイター必見のインタビュー集。6月は『みずいろブラッド』キャラクターデザイナー横尾有希子さん。

第3回 夢のナムコ入社。リアル系ドット絵から『太鼓の達人』まで

――入社されてからのお話をお聞きしたいのですが、まず最初に開発に参加されたのが『アウトフォクシーズ』(※1)で。

横尾有希子(以下横尾、敬称略):『コズモギャングザビデオ』(※2)とかを作ってる部署だってことで希望を出したんですけど、入ったときにはそのあたりの見城こうじ(※3)さんの企画がちょうど終わってて、選択肢が『アウトフォクシーズ』か『マッハブレーカーズ』(※4)か『鉄拳』(※5)。それで『アウトフォクシーズ』を選びました。

――『アウトフォクシーズ』は、描き込みもリアルでかなり職人的なゲームですよね。

横尾:ドット絵がしんどかったですね。いわゆる丸っこいキャラじゃなくて、リアル系なんで、その辺がうまくできなくて、結構苦労しまして……。太ももの影の回りこみだとかの処理がリアルの場合はわからなくて、そのとき、偶然テレビでモザイクを見て「これだ!」と。ドット絵を描くときの色のつけ方は、かなり参考になりました(笑)。あと周りの先輩も職人的な人が多くて。うまくできなくても、勝手に直しちゃうような感じで、最初は慣れなくてすこし怖かったです。

――最初の作品がリアル系で、幻滅とかはしませんでしたか?

横尾:ついていくのに必死で。でもあんまりやる気なくしたりはしませんでしたね。

――それで次が『ダンクマニア』(※6)と。これではどんな作業を。

横尾:NBAっぽいゲームですね(笑)。作業としては、モーションを担当しました。今はキャラの動きはモーションキャプチャーでつけますが、当時はすべて手付けで。地味な作業を2年ぐらいやってましたね。うちの大学は職人系というか、地味な作業を延々と徹底的にやらせる学校だったので、ドット絵のときもそうだったんですけど、地味な作業に普通に耐えてやってましたね。

――ドット絵の次はもうすぐポリゴンだったわけですよね。

横尾:そうですね。どうやって覚えたんだろうな……。日々勉強でした。今よりだいぶ吸収力よかったですね。版権がとれなかったので、ハーフタイム中の応援キャラもオリジナルで、サボテンみたいなのとか、ワニみたいなのとかを作りましたね。比較的自由にやらせてもらったので楽しかったです。それで次は『ダンシングアイ』(※7)ってゲームだったんですけど、いろんなデザイナーに声をかけて、短時間でワーッと作るプロジェクトで、好きなヤツが作れたんで、様子のおかしなキャラを作って(笑)。この仕事も楽しかったですね。

――『ダンシングアイ』はメイサクでも迷いの方の作品だと思うんですけど、初めお話を聞いたときはどうでした?

横尾:これは、スゴかったです! 『アウトフォクシーズ』をやってるときに、上司がこれの研究を隣でやってて、女の子のハダカを細部にわたって作ってたんですよ。それを基板で画面を出して、ひっくり返したりしているのを横でずっと見てて、「こ、こんなん作るんですか?」って(笑)。かなり斬新だったので、「やめてー!」ってのはなくて、応援してましたね。どうせなら、これ、世に出ないかな的に。最終的にはやわらなくはなっちゃったんですけど、こういうゲームが出せたってところで、やっぱナムコってとスゴイって思いましたよね。わりと誇り高い製品です(笑)。今とかも変な企画を出しても、これが心の支えになってる。「『ダンシングアイ』があったじゃないですか」と言えるので(笑)。ていうか、これを当時スゴく上に押してたのは、今の社長なんですよ(笑)。当時まだ今の社長がエレメカとうちの部署の部長を兼任してたときで、これを通すのに社長とかにプッシュしてたみたいで。納会のあいさつでその話が出て乾杯! 「今年は『ダンシングアイ』が出せたのでバンザイ!」と話してたのを覚えてますね。

――次にくるのが『鉄拳3』(※8)になりますが。

横尾:『鉄拳3』は、2年か3年? 2年か。

――長いですね。『鉄拳3』以前の仕事の期間はどれぐらいずつで?

横尾:(アウトフォクシーズ)2年、(ダンクマニア)2年、(ダンシングアイ)2カ月ぐらいですかね。昔はムダに長かったかも。ムダづかいしてたかも。で、『鉄拳3』ですが、きつかったですね。リン・シャオユウ(※9)のキャラデザインをやらなくちゃいけないっていうプレッシャーがあって……。デザイナーが集まって、キャラデザインを決めるクジ引きみたいのがあって、最後に残ったのがリン・シャオユウだったんですよ。新規で女の子キャラ。で、女から見た女の子キャラと、男から見た女の子キャラって、全然違いますよね。男の人って、少し古めかしい女の子の方が好きみたいで、あんまぶっ飛んだキャラだと受け入れてもらえなくて、それで難しくてスゴくしんどかった。「他の人がやればいいじゃん!」って。でもあのときはキャラの特徴の記号化についていろいろ勉強になりました。

――担当のキャラって、クジ引きみたいなもので決めちゃうものなんですか?

横尾:今はないですけど、当時はそうでしたよ。「はい、オレ、ニーナ(※10)」みたいに(笑)。

――(笑)。その後は『ソウルキャリバー』(※11)、そして『太鼓の達人』(※12)とつながるわけですが……。

横尾:『ソウルキャリバー』はヘルプの仕事なので、特にこれといって何もなかったですね。その後、『太鼓』までの間にはいろいろ凍結プロジェクトがはさまってます。

――『太鼓の達人』は、横尾さんの代表作になりますが、開発での担当というか、かかわり方というのは?

横尾:アートディレクション。全体の雰囲気、世界観というか画面構成とか。あとキャラクターデザイン。でも、キャラデザは全部自分でやっているわけではなく、みんなで手分けしてやってます。

――『太鼓の達人』が生まれることになった経緯を教えてください。

横尾:試行錯誤があって、今の形になってまして、プログラマーさんが起案したんですけど、和太鼓を叩く暑苦しいシチュエーションで、SMAPの「蒼い稲妻」を演奏するというギャップはおもしろんじゃないか。しかも、大型の筐体で……って、アイデアがあって、集まったプロジェクトで。最初は画面のプレイヤーの絵も屈強な男の人の絵だったり、まさに和太鼓っていう世界でした。でも、それじゃかわいくないっていうんで、祭りのハッピを着た女の子に変わったり、そういった試行錯誤がいろいろとある中、当時は演奏ゲームとミニゲームが2つ選べたんですけど、ミニゲームのナビゲーションキャラで、“どん”と“かつ”(※13)みたい、操作アイコンに足をつけただけみたいなキャラを置いたら、それが好評で。それがメインに。

――それは横尾さんが考えられたと。

横尾:そうですね。もうやめちゃったデザイナーの人と、休み時間の雑談で「和太鼓星人ってどうだろう」みたいなのを、ガーって書いてる中で。

――そこから全体を統括する立場になられたと。

横尾:はい。それまでは一応立場的には一番上だったので、統括する立場ではあったんですけど、自分の絵はあんま出してなくて。“どん”と“かつ”が認められてから、わーっと仕切り出した感じ(笑)。

――『太鼓の達人』の苦労話はありますか?

横尾:出すまでが大変だった! 会社に認められるまでが。あとはシリーズ作が続いていますが、作ったら、すぐ次と、短期間短期間で開発を進めているので、モチベーションを維持をするも苦労ですね。しかも「この前作ったばかりなのに、次はそれより何か足さなきゃいけないのか」。そういうのを急に考えなくちゃいけないですし、要素を足すと複雑になって、コンセプトからはずれるから、あえて足さないとか、その辺のバランスは難しいですね。筐体も目立つし一風変わったゲームだったので、どうして生まれたのかとか、キャラクター誕生秘話だとか、インタビューをされるようになったのも『太鼓』からですね。ゲーメスト(※14)さんが最初でしたよ。

――シリーズ作だからこその苦労と。今、全部で何タイトル出てるんですか?

横尾:20タイトル近く出てますね。それで、途中から業務用だけでなく、家庭用も作ることになったので、最初は交互だったのが、だんだん重なってきて同時になってきたりして(笑)。

【第4回(7/12更新)に続く】

【編集部注釈】

※1 アウトフォクシーズ……1995年にナムコがアーケードで発表した対戦型アクションゲーム。能力の異なる殺し屋から1人選び、残りの殺し屋と戦っていく。植木鉢を投げられる、水槽のサメにかまれるといった芸の細かさや、回転・拡大縮小という技術を使った演出でも話題に。残念ながら家庭用には移植されていない。


(C)NBGI

※2 コズモギャング・ザ・ビデオ……1991年にナムコがアーケードで発表した画面固定型のシューティングゲーム。エレメカのコズモギャングス(第2回※9を参照)が敵として登場し、それを倒していく。

※3 見城こうじさん……けんじょうこうじさん。同人誌をきっかけにライターとして活躍。ナムコ時代には『コズモギャング・ザ・パズル』などの制作をした担当した。ナムコ退社後はゲーム開発会社・ノイズを設立し、『カスタムロボ』シリーズを手掛ける。

※4 マッハブレーカーズ……1995年にナムコがアーケードで発表した、驚異的な身体能力を誇るニューマンたちがさまざまな競技を行い得点を競うゲームで、『ニューマンアスレチック』の続編。ボタンを交互に押して走るなど、基本的に連打命で、ボタンが壊れることが多いゲームだった(ゲームセンターバイト経験アリの担当ライター談)。

※5 鉄拳……ナムコの看板3D対戦格闘ゲーム。10連コンボなどで話題を呼ぶ。

※6 ダンクマニア……ポリゴンを使った、2on2のバスケットゲーム。
詳しくはこちら

※7 ダンシングアイ……1996年にナムコがアーケードで発売したアクションゲーム。プレイヤーはサルとなり、ポリゴンで再現された女の子の上を動き回って服を切り取り(四角くエリアを囲むと切り取れる)、脱がせていくのが目的というかなり斬新な内容。残念ながら、この作品も移植はされておらず、基盤でしか遊ぶことができない。


(C)NBGI

※8 鉄拳3……1997年にナムコがアーケードで発表した対戦格闘ゲーム。横に避けるという奥行きを利用したアクションが可能となり、『鉄拳』シリーズを大きく変えた1本である。

※9 リン・シャオユウ……『鉄拳3』から登場した中国拳法を使う女性キャラ。漢字では“凌 暁雨”と書く。

※10 ニーナ……『鉄拳3』から登場した女性キャラ・ニーナ・ウィリアムズのこと。彼女を主人公とした、オリジナルのゲームもPS2で発売されている。

※11 ソウルキャリバー……1988年に編む子が発表した、武器を使って戦うのが特徴的な対戦格闘ゲーム。文中の作品はドリームキャスト版を指す。

※12 太鼓の達人……2000年にナムコがアーケードで発表した和太鼓をモチーフにしたリズムゲーム。バチで太鼓をタイミングよく叩くだけとシンプルなルールで、幅広い年齢層に人気がある。通常は1人1つの太鼓を叩くのだが、1人で2つの太鼓を叩く(2Pモード)強者も秋葉原などには存在する。

※13 “どん”と“かつ”……『太鼓の達人』のメインキャラクター。どんは和田どんのことで、主人公。かつは和田かつで、どんの双子の弟。

※14 ゲーメスト……アーケード専門雑誌。発行元の新声社の倒産により、1999年8月に廃刊となっている。インド人を右に(正しくはハンドルを右に)などの名誤植でも有名。