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クリエイターインタビュー:(株)カプコン 松川美苗さん

お話を聞いた人→『逆転裁判4』プロデューサー松川美苗(まつかわみなえ)さん

 4月12日に発売した『逆転裁判4』のプロデューサー・松川美苗さん。「同じ職場に1年以上いたことがないんです(笑)」と語る彼女がカプコンに入社し、ニンテンドーDS版『逆転裁判』シリーズを手掛けることまでの波乱万丈の人生とは……? ポジティブさはじける松川さんの明るい語り口に、会社でうまく渡り歩くヒケツを見た!!

逆転裁判4『逆転裁判4』
■メーカー:カプコン
■発売日:2007年4月12日
■ジャンル:AVG
■定価:通常版/5,040円(税込)
     :限定版/9,240円(税込
■関連サイト:公式サイトカプコン

クリエイターの生い立ちや趣味趣向を知れば、アイデアや発想のヒミツがわかっちゃうかも…!? ゲーム業界の第一線で活躍する敏腕クリエイターに、その華麗なる生き様について突撃取材。未来のクリエイター必見のインタビュー集。4月は『逆転裁判4』プロデューサーの松川美苗さん。

第2回 遠回りをしながらも力をつけてカプコン入社

――大学生時代にゲームに目覚めたとなると、就職はやはりゲームメーカー希望で?

松川美苗さん(以下松川、敬称略):大学卒業の際に何社かゲーム会社を受けたんですよ。でも、専門的な勉強をしていたわけでもなく、普通の文系の女子大の子なんで、やはり厳しくて落ちました。それで証券会社に入ったんですけど、1年目にその証券会社が吸収合併されちゃって。「こんなところにいてられへん。金融再編の荒波なんて……」って思って、就職情報誌を見てみつけたのが、任天堂さんのマリオクラブ(※1)のアルバイトだったんすよ。それでお世話になることになって、いろいろなお仕事をさせていただきましたね。何より、毎日ゲームのことを考えられるのってすごいと思うんですよ。ゲームのことを話せる友だちや先輩もできて、いろんなゲームを楽しんだ時期でした。

――期間としてはどれぐらいですか?

松川:約1年ですね。その次は当時犬を飼っていたので、愛犬のためにペッドフードの会社に入ろうと思って、ペッドフードの総合商社みたいなところに入ったんですよ。で、Webができる人間を募集しているということで、趣味でホームページを作れるようになりたいと独学で勉強していたこともあって、「こりゃ、いいなぁ」と思っていたら、Webの部門を立ち上げると言いつつ、なかなか立ち上げない会社で……。しかも、不幸なことに愛犬がなくなってしまい、「私がここにいるメリットはないな」と、1年でやめました(笑)。

――ゲームメーカーからペットフード会社と波乱万丈ですね。その後は?

松川:しっかりスキルを身につけたほうがいいだろうと思って入学したのが、当時社会人の学校と言われていた“デジタルハリウッド”。本科プロデュースコースという1年のコースで、3Dとか、Webとか、プロデュースとか、まぁクリエイティブ全般を学びましたね。そのとき、入学費用で借金を200万ぐらいしまして、それを5年がかりでついこの間ようやく完済いたしました。

――アルバイトはしていたとはいえ、大金を作っての入学。かなり冒険しましたね。

松川:うちの両親は、自分のことは自分で決めなさいという人たちで。普通女の子が職を変わるというと、なかなか賛成してくれないと思うんですが、ウチの場合は「あんたがやりたいようにやりなさい。やるだけやってあかんかったら、諦めもつくし。」という感じで。だから、「もっかい学校行きたい」って言ったときも、父親とかも「自分で考えて決めなさい」と言うだけでしたね。

――いい親御さんですね。

松川:厳しかったですけど、めぐまれていたというか。本人のやりたいようにやらせてもらっていました。

――その行動力は家系ですか?

松川:祖父も商売やってたり、父も自営業だったりしていたので、縛られるタイプではないんでしょうね。カプコンに入社当時、よく言っていたのが、「私が1年以上、この会社にいると思わないでヨ!」(笑)。……といいつつ、もうそろそろ5年目が終わるんですけどね。

――ついにカプコンという言葉が出ましたが、カプコンに入社することになったきっかけというのは?

松川:学校の夏季課題で、ホームページの企画をいろいろ考えてて。そのとき、ゼミの先生ができるだけ既存のサイトや既存の会社さんをもとに企画を考えたほうがいいよ。そのほうが、自分が実際に就職するときとか、企画書を立てるときとかに役に立つからと。それで、なぜかカプコンのホームページでおもしろいことできそうだなと思って、企画書を作ったのがきっかけですね。そして、卒業制作でその企画書をリライトして……。内容はWebコミュニティの提案書で、携帯とWebを連動して、コミュニティツールを作りましょう。それに広告をからめて、会社にお金が落ちてきますよというような企画書だったんですけど、なぜそれをカプコンに送ったのかは記憶が定かではないんですよ(笑)。確か会社概要を見たときに、携帯ゲーム、携帯アプリケーションの開発ってのがあって、携帯電話のコンテンツが作りたくて送ったんだと思います。それで面接やらありまして、配属になったのが、第3開発部という普通のゲーム制作の現場で。大学生4年生のときに落ちたようなところですね。

――最初はどんな役職での入社だったんですか?

松川:アシスタントプロデューサーですね。実は違う企画書を出していた別のゲーム会社さんから「あなたは将来的にプロデュースのお仕事をしたほうがいいですよ」と、企画書だけで言われてたんですよ。そして、カプコンには携帯ゲームの企画で入りたかったのに、「アシスタントプロデューサーで入ってほしいんだけど」と言われ……。自分では気付いてないけど、違う2社からそう言っていただけるのなら、芽があるんじゃないかなと思って、他にも内定もらっていたんですけど、カプコンで選びました。

――ということは、プロデューサーというお仕事は眼中になかったんですか?

松川:全然視野にない仕事でしたね。学校とかでチームのリーダーやったり、まとめたりするのは好きでしたけど、とくにそこに何かあるとは思ってませんでしたね。

――考えてもいなかった仕事をするということで、不安なんかは?

松川:当時、面接をしてくれたプロデューサーが「プロデューサーの仕事は、100個仕事をやって、1個イイことがあるかないかや」と(笑)。その言葉を聞いたときに、なぜか「おもしろそー」と思ったんですよ。今なぜそう思ったかもわかりませんし、今なにもおもしろくないんですけど(爆笑)。「100個仕事やって、100個しんどかったやんけー」と思うことのほうが多いんですけど! とにかくそれを聞いたときに、おもしろそうな会社だな、じゃあその1個ってなんだろう、100個もどんなイヤなことがあるの? とか思ったんですけど、割とカツッとその言葉が心に入ってきて、すんなり仕事にはなじめましたね。

――プロデューサーはお金の計算をしたりもしますが、証券会社での仕事が役立っていたりはしますか?

松川:もともとお金の計算が得意ですけど、証券会社での仕事は役に立ってるかどうかわかりませんね。ただ接客だけは役に立ってるんじゃないでしょうか。窓口座ってたんで。おじいちゃんきたら、麦茶入れてあげて、おじいちゃんの持っている銘柄の話したり、1年目ですからチラシやティッシュ配りも行きましたし、仕事が終われば、30代の営業の先輩について行って、立ち飲み屋で「楽しいー」って飛んだり。ざっくばらんな22歳でしたね(笑)。

――人見知りしないタイプですか?

松川:人見知りはないですね。どんな人でもなんとでもなると思ってます。物怖じしないといったほうがいいのかも。

――ここまでお話をお聞きしていて、ポジティブだなと感じるんですけど、ご自分でもそう思われますか。

松川:自分でもポジティブだと思います。これは母親の影響でしょうね。「あんたらの仕事で、命とられることはない。」って、よく母親がいうんですけど、それを聞くとがんばろうって気持ちになりますね。

【第3回(5/2更新)に続く】

【編集部注釈】

※1 マリオクラブ……正式名称はスーパーマリオクラブ。開発中のソフトのデバッグなどをする任天堂の社内組織。